みなさん、こんにちは。
さて、
「認知的不協和」
という概念はいまや周知のことかもしれない。
すくなくともネット界隈ではよく知られるようになっている。
たとえば、こんな図である。
つまり、
テレビや大手メディアしか見ない人 vs ネットやYouTubeやRumbleしか見ない人
のように、世界は同じ世界に生きているのだが、同じ見ているものをまったく正反対に認識する。
こういう状況になって久しい。
最近は、これがより顕著になってきたように感じる今日このごろである。
ワクチン一つをとってみても、正反対の解釈になる。
テレビや大手メディアしか見ない人 vs ネットやYouTubeやRumbleしか見ない人
ワクチンは打てば打つほど免疫ができる vs ワクチンを打てば打つほど死に近づく
岸田首相を例にすれば、
テレビや大手メディアしか見ない人 vs ネットやYouTubeやRumbleしか見ない人
岸田首相は国民に人気があり安心できる vs 岸田首相は全くの無能で安心できない
今回ビル・ゲイツが目黒寄生虫館(博物館)訪問についても同様だ。
両サイドでまったく認識が反対になる。
テレビや大手メディアしか見ない人 vs ネットやYouTubeやRumbleしか見ない人
ビル・ゲイツは人気のない博物館を経済救済した vs ビル・ゲイツは次のパンデミックのネタ探しをした
しかしながら、これは終戦後からすでに始まっていたわけだ。
たとえば、原爆投下について
テレビや大手メディアしか見ない人 vs ネットやYouTubeやRumbleしか見ない人
アメリカは原爆投下で終戦を早めた vs アメリカは原爆投下で民間人大虐殺という戦争犯罪を行った
アメリカが善で日本が悪 vs 日本が善でアメリカが悪
すべてがこんな感じである。
かつてバックミンスター・フラーがこのようなことを言った。
両方の価値観は同じ座標の上にある。
ただその向きが違うだけ。
大事なことは、それに直交した次元でものを見ることだ。
彼はこの次元を得ることをプリセッションと呼んだ。
はたして認知的不協和にある次元に直交する次元の見方とはどういうものだろうか?
どうやらそういう新しい見方が重要になってくるだろう。
たとえば、これもフラーが最初に考え出したように、
宇宙船地球号
有限資源
この地球は有限で1個の宇宙船のようなものだ。
というような認識の仕方。これは直交した概念である。
すなわち、どちらのサイドにも真実であり、どちらのサイドを批判するものではない。
にもかかわらず、どちらのサイドにも重要な考え方である。
はたして、君はどっちの「サイド」だろうか?